それはまだ、終わりなき夏:三鷹天命反転住宅

佐野吉彦(安井建築設計事務所 代表取締役社長)

Reversible Destiny Lofts MITAKA Exterior view from the west side, Photography: Masataka Nakano, Photos provided by: Arakawa + Gins Tokyo Office, Those marked “*” are provided by the author

三鷹に⾄る軌跡

荒川修作(1936-2010)は25歳で日本を離れ、ニューヨークを拠点として活動した。アーティストとして出発した荒川は、1963年以降は詩⼈マドリン・ギンズとともに<意味のメカニズム>プロジェクトを開始する。そうして、旺盛な活動を通して美術の境界を問い直し、活動・思索領域を拡⼤し続けた。平芳幸浩⽒によれば、「⼀連の<意味のメカニズム>は絵画に「意味」を持ち込んだのではなく、意味が⽣成し消滅するメカニズムを「絵画」という知覚の場で問い直す試みとして理解しなければならない」(*1)のだという。私はその後1991年に⽇本で開催された<荒川修作の実験展―⾒る者がつくられる場>を訪ねたが、会場には、鑑賞者の知覚や触覚を問い直すさまざまな表現が待ち構えていた。荒川の仕掛けはまさに「観者を「意味」へと誘うイメージの乱舞ではなく、いまだなお現前しない未来へと開放された⽩紙状態である」(*1)と⾔うにふさわしいものだった。荒川が⼈間の知覚と世界との関係を明らかにしようとするにあたり、すでにそれは思索だけでは解けないし、2次元では限界があることを⽰していた。その時期から荒川の作品は3次元に向かい、さらに展覧空間から離れて建築や都市を創造する実践に眼差しを拡げた。1990年に⼊って荒川は岐⾩県下の<養⽼天命反転地>(1995)を実現に導き、⼈が空間を体験する場を世に問うた。続く<東京臨海部に描いた都市構想>(1998)で都市の再編をテーマに据える。これらの作業に共通する⽣涯にわたる「天命反転(Reversible Destiny)」の理念の基盤が醸成されていった。あらたな視点からつくられる建築や都市がコミュニティと⼈の運命を前向きに変えてゆく場をつくろうとしたのである。

ここまでのところは、ランドスケープ的な視⾓からのアプローチであったと⾔えるだろう。荒川は、そこからさらに掘り下げをおこなう。⼈がある空間と時間のなかで時間をかけて過ごす経験のなかに、⼈間の知覚、⾝体と世界の関係をより精妙に捉えることができる、との観点から、荒川の関⼼は住宅建設の実践へと駒を進めることになる。国内における<志段味循環型モデル住宅>(名古屋市2005)、それに続く<三鷹天命反転住宅>(三鷹市2005)への展開である。

 

建築と都市への眼差し

志段味循環型モデル住宅 資料提供:名古屋市住宅供給公社

志段味循環型モデル住宅 資料提供:名古屋市住宅供給公社

志段味でのチャンスは荒川の出⾝地である名古屋市から与えられたものだ。志段味は名古屋市域の⻄北の「都市のエッジ」にあり、開発整備が進む途上にあった。荒川は、住宅は集合体であるべきで、それが集まって群をなし都市をつくるものと考える。そこに込められていたエコロジカルな視点は、名古屋市と名古屋市住宅供給公社の望むところと重なっていた。実際には、実現したのは3棟の住宅が集合したに過ぎないが、それは荒川が構想するもののエッセンスが明瞭なメッセージを伴って姿を現した画期的な局⾯と捉えることができるだろう。ここでの試⾏は<三鷹>への道を確実に⽤意したのである。

 

次の<三鷹天命反転住宅>では、⺠間プロジェクトとして、荒川⾃⾝が資⾦調達をおこなったものである。三鷹は東京の都⼼からみれば志段味と同じく「エッジ」であるが、多摩という、歴史と個性を備えた地域という違いがある。その⾵景のなか、建築の⾼さに制限があるなかで、さらりとした置きかたながら、建築はこの⾵景のなかで完結した装いを獲得した。ここでは志段味では実現しえなかった、9⼾の住宅相互の⽴体的な関係性が明⽰されることになった。さらに、交通量の多い道路に⾯する⾊彩豊かな住宅群は、鋭いメッセージ性を持つ。敷地にこれ以上の広がりはないかわりに、次の展開・伝播を予感させる恵まれた場所を得ることができた。

住宅の基本型は、DK機能を含む中央ゾーンを2(あるいは1)居室、1球体の居室、バストイレ室が取り巻くものである。中央ゾーンは凹凸を伴う床であり、遊具のようにも⾒えるはしご状の⾦属柱などがある。それらは⾝体と知覚における社会的前提を軽やかに乗り越えるためのものだ。そこに過ごす者は、知覚と⾝体が建築と相互反応することによって、⼤きな意識転換を促される。安定した関係性ももちろん悪くはないが、関係性が緩んでしまえば、⾝体の感覚も知覚も鈍くなってしまうではないか、という問いかけがある。これは本来、緊張感をはらむ問いなのだが、この空間も、また外観も率直な愉悦を感じさせる仕上がりであるところが興味深い。あたりまえながら、造形としてすぐれているのである。訪れる⼈も住まう⼈も、荒川修作が⽤意した空間を、⼼から楽しみながら⾝体を取り巻く⾃在な⾯に、触覚も知覚もごく⾃然に反応している。

<三鷹>は、荒川がさまざまな機会に、⾝体と知覚について厳格に問うてきた道のりが、しなやかなかたちで結晶化したものと呼べるだろうか。もともと、建築のありようを問い直す⽬標は荒川の出発点にはなかった。ところが、ここに⾄って建築計画とはいかなるものか、建築が果たすべきミッションというものを、えぐり出す結果が⽣まれている。それは、建築とは⾝体の感覚を研ぎ澄ませるものであるべきで、適切につくられた建築を通して、⼈の⾝体を正しい⽅向に変化変容させる、というミッションである。

では、荒川にとっての適切さとは何だろうか。それは⾔葉によってかたちのあるべき姿を深く考えることと、実践としてかたちをつくることとのあいだに⼀貫性があることである。造形表現と⾔葉を並⾛させるところからスタートした荒川は、表現⼿段を2次元から3次元、建築都市に広げるなかで、時に強いかたちを提⽰しながら、⽣気の⾜りない⾔葉にも⾎を通わせる原則を守ってきた。

 

建築を実現するプロセスについて

荒川の眼差しのもとに完成した「作品としての<三鷹>」を解説すると以上のとおりである。だが、⼤事なのはそれを実現するプロセスである。荒川が⽬指すものを建築として具現化するには、建設のための予算を確保し、経済合理性のなかで建築を⽣産すること、限度ある⼟地のなかに建築基準法と構法の制約のもとに建築を設計すること、建設に携わる者に正しいモチベーションを与えて、かたちの実現に導くこと、などさまざまを整えなければならない。表現者として軸がぶれなくても、建築の専⾨家ではない荒川がプロジェクトを前に進めるには、これらに伴う現実の壁の意味をひもとくなかで、実現のための冷静な協⼒者を据えることは必要があった。

縁あって、私と安井建築設計事務所は<志段味>建設の段階から荒川のために⼒を貸すことになった。荒川の眼差しを図⾯という社会的形式に置きなおし、⼀⾒チャレンジングに⾒えるプロジェクトをマネジメントすることが役割である。その途上で、宙空に浮かぶかのような⽴体住宅を正統的なラーメン構造で解き、効果的な建築⽣産プロセスの⼿順を計画した。建築側から⾒ればオーソドックスな落とし込み⽅である。だが、いざスタートしてみると、荒川の造形は現実の困難を克服し、関わる者の潜在的な能⼒を引き出し、かつ化学変化を起こす牽引⼒になった。

ものごとの本質をつきつめる荒川と、愉悦を感じさせる場を⽬指す荒川が⼀体不可分であることは、きわめてわかりやすいロジックである。⼯事に携わる専⾨家は技術に誇りを持っているから、⾃らが腕を奮うにあたっての明瞭なモチベーションは重要である。施⼯者にとって表⾯をうならせた床は彼らの常識にないはずだが、それを荒川の意図と交わらせてゆくことによって建築部位が有する本質を再発⾒する。おそらく、建設プロセスにもあるドラマティックな意識転換のプロセスは、荒川が⽬指してきた「実践」になっていたのではないか。結果的に荒川は<三鷹>において⼟地と出会い、社会と回路を結び、⼈を動かすことに成功したことで、⾃らの取組みに確信を持つことができた。<三鷹>は、意味のメカニズムの時期からの延⻑線上でもあり、新境地となった。

 

さらに続く荒川修作の取り組みは、さらに続く

竣⼯から5年経って荒川は亡くなり、そこからさらに7年が経過した。それでも<三鷹天命反転住宅>における荒川の追究は、その後も多くの⼈々に受け継がれて続いている。⼀つは三鷹天命反転住宅をはじめ荒川アーカイブを守る荒川修作+マドリン・ギンズ東京事務所の継続的な努⼒によって。かれらはこの集合住宅を細やかに管理しながら、作品としての価値を伝え、投げかけた課題を社会に伝える役割を果たしている。ワークショップ、⾒学会、講演会などが、<三鷹>に住まうさまざまな才能を持つ住⺠が加わりながら、切れることなく取り組みが続いている(*2)。もう⼀つは、荒川と交友があった幅広い分野の学究によって。三鷹に⾄る荒川の追究を検証する個別の著作に加え、関⻄⼤学での「荒川+ギンズ[建築する⾝体]をめぐる考察」研究ユニットのような学際的な取り組みも進んでいる。それらは荒川による提⽰のさらなる展開を⽣み出す⼤事な作業である。もう⼀つは<三鷹>への世界中からの訪問者によって。訪れるそれぞれは空間を楽しみながら、荒川を偶像化せず、⾝体と世界とのあいだに横たわる⼤きな課題に向きあい、触発を受けている。<三鷹天命反転住宅>は波動のように広がる、⽂化の中枢拠点としても成⻑が続いているのだ。

(*1)「永遠のタブラ・ラサ」(「三鷹天命反転住宅」、⽔声社2008 所収)

(*2)三鷹天命反転住サイトを参照 www.rdloftsmitaka.com

 

 

佐野吉彦 東京理科大学工学部建築学科卒業、同大学院修了。安井建築設計事務所代表取締役社長。日本建築士事務所協会連合会副会長、大阪府建築士事務所協会会長、東京理科大学工学研究科客員教授ほか。2011年国土交通大臣表彰、2016Hon.FAIA(アメリカ建築家協会名誉フェロー会員)。著書に『建築から学ぶこと』水声社、『つなぐことで、何かが起こる−建築から学ぶことII』建築メディア研究所など

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