三鷹天命反転住宅について

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三鷹天命反転住宅 In Memory of Helen Keller は、芸術家/建築家の荒川修作+マドリン・ギンズによる、世界で最初に完成した「死なないための住宅」です。

この全部で9戸の集合住宅は、内外装に14色の鮮やかな色が施され、一部屋一部屋の色の組合せが全く異なることから、「極彩色の死なない家」(瀬戸内寂聴氏)として、東京西郊外の三鷹市のランドマーク的存在にもなっています。

2005年の完成以来、世界十数カ国から人々が訪れ、数々の新聞・雑誌・TV・インターネットサイトにも紹介をされ続けていますが、この建物の大きな特徴は訪れた人の身体を揺さぶる感覚が、人間の持つ可能性に気づかせてくれることにあります。

私たちが多くの時間を過ごす住宅。荒川修作+マドリン・ギンズの長年の研究から、一人一人の身体が中心となるよう、設計・構築された空間と環境は、建築界にも大きな衝撃を与えています。また、芸術作品の中に住める住宅として、今後の芸術が担うべき社会での役割の新しい提案ともいえるでしょう。

「死なないための家」、そして In Memory of Helen Keller ~ヘレン・ケラーのために~ と謳われる理由には、さまざまな身体能力の違いを越えて、この住宅には住む人それぞれに合った使用の仕方があり、その使用法は自由であるということが言えます。3歳の子どもが大人より使いこなせる場所もあれば、70歳以上の大人にしかできない動きも生じます。

私たち一人一人の身体はすべて異なっており、日々変化するものでもあります。与えられた環境・条件をあたりまえと思わずにちょっと過ごしてみるだけで、今まで不可能と思われていたことが可能になるかもしれない=天命反転が可能になる、ということでもあります。荒川修作+マドリン・ギンズは「天命反転」の実践を成し遂げた人物として、ヘレン・ケラーを作品を制作する上でのモデルとしています。

三鷹天命反転住宅は、私たち一人一人がヘレン・ケラーのようになれる可能性を秘めています。その意味において、三鷹天命反転住宅は「死なないための家」となるのです。

現在、一部を賃貸住宅として、また一部は教育・文化プログラムを発信する場として、荒川修作+マドリン・ギンズ東京事務所(株式会社コーデノロジスト)が管理・運営を行っています。

 

 

Artist

A+Gformobile

ARAKAWA+GINS
photo by 山本真人
 

荒川修作 1936年 愛知県名古屋市生まれ

マドリン・ギンズ 1941年 ニューヨーク州生まれ

荒川修作は1950年代後半より「反芸術」を掲げて結成された「ネオ・ダダイズム・オルガナイザー」のムーブメントに一時関わっていましたが、幼少より「死」という与えられた人間の宿命をのりこえようと(=それ以外に生きる仕事はない、と確信し)、1961年にニューヨークへ渡ります。

渡米後、現代美術の巨匠、マルセル・デュシャンと出会います。荒川は自分が試みようとしていた芸術の世界(表象的な図形・記号・言語を用いた精神の世界の表現・創作)をデュシャンがすでに体現し、突き詰めていたことを知り、それを超えるには身体・肉体に向かわなければならない、というテーマを自身に課すことになります。

また、‘62年には公私ともにパートナーとなるマドリン・ギンズと出会い、 ギンズと『意味のメカニズム』プロジェクトを始めます。ギンズは詩人として活動していましたが、荒川との出会い以降は二人の共同作業が活動の中心となってゆきました。『意味のメカニズム』は‘71年にドイツ語版が刊行、同書について、美術評論家の岡田隆彦は「1963年から71年に至るまでの荒川の作品集であるとともに、表題にある通り、荒川が最も深い関心をよせていることがらを示したものである」(荒川修作年譜『現代思想』臨時増刊号より)と評していますが、同書の日本版はリブロポートより、1987年刊行されています。

『意味のメカニズム』は不確定性原理を提唱した物理学者・ヴェルナー・ハイゼンベルクに賞賛され、それを機にドイツのマックス・プランク研究所に招待を受け、多くの物理学者・科学者・生化学者をとの交流が始まり(1972)、時期を同じくして、哲学・科学・芸術の総合に向かう仕事とはなにかについて、思索探求も始めます。なお、『意味のメカニズム』は現在も、数学者やクリエーターのバイブルとして読み継がれています。

70年代、80年代の荒川修作は主に欧米を中心に数々の個展を開催し、美術界の最先端に位置することになってゆきました。

と、同時に一時期ニューヨーク郊外のクロートン・ハドソンに場所を借り、身体を中心とした考察を様々に展開、作品は徐々に平面から立体へとうつってゆきました。’87年にはマドリン・ギンズとの共著『死なないために』が刊行(フランス語版。日本語版はリブロポートより’88年に刊行)されています。

1991年に東京国立近代美術館にて開催された、「荒川修作の実験展-見る者がつくられる場」は、荒川自身が続けてきた身体そして生命への探求結果を周知させる大きな転機となりました。1994年、岡山県奈義町の奈義町現代美術館が開館、恒久設置作品としての「遍在の場・奈義の龍安寺・建築する身体」が完成します。近年、パーマネント展示をうたう美術館が注目を集めていますが、当時は画期的な美術館のあり方として、大変な反響がありました(同美術館の設計は磯崎新、荒川+ギンズの他に作品が設置されているのは宮脇愛子、岡崎和郎)。

「奈義の龍安寺」はシリンダー状の部屋の中に龍安寺の石庭が両壁に設置され、訪れた者の感覚を撹乱し、刺激を与えるのと同時に、荒川の唱える「生命の外在化」を体験できる貴重な構築物です。

1995年、「養老天命反転地」開園。完成後15年以上経つ現在も、決して利便性のよい場所にあるとはいえないにも関わらず、国内外から年間約9万人が訪れています。

1997年には日本人として初めて、ニューヨークのグッゲンハイム美術館にて、大々的な回顧展『WE HAVE DECIDED NOT TO DIE』が開催されました。

2005年、名古屋市住宅供給公社事業「志段味健康住宅科学公園」(現・シティ・ファミリー志段味)が完成。「愛・地球博」に合わせて環境共生都市を謳う名古屋市が実験的に始めた住宅シリーズです。荒川修作+マドリン・ギンズ事務所が基本構想・基本設計を担当しました。

同年秋には、「三鷹天命反転住宅 In Memory of Helen Keller」が完成 。世界で始めて荒川+ギンズが訴え続けてきた「生命を生む環境」「死なないための家」の第一号です。9戸の集合住宅からなり、安井建築設計事務所が設計を、竹中工務店が施工を担当しました。

完成以来、世界各国からメディアが取材殺到し「芸術作品か住宅か」という議論は現在も続いています。また、現代日本のバリアフリー考にも一石を投じ、この住宅の空間について理学療法・作業療法の分野からの考察も重ねられています。

2008年には「Bioscleave House(バイオスクリーブ・ハウス)」完成。ニューヨーク郊外のイーストハンプトンに建つ「死なないための家」第二号です。

近年は主にアメリカを中心に荒川+ギンズを巡る国際コンファランスが開催されており、荒川+ギンズの唱える「天命反転思想」をめぐって、芸術、哲学、科学の専門家・研究者が活発に議論を続けています。

 

 

建築概要

建物名:三鷹天命反転住宅 In Memory of Helen Keller

所在地:東京都東京都三鷹市大沢2-2-8

建築設計:荒川修作+マドリン・ギンズ、安井建築設計事務所

建築施工:竹中工務店

竣 工:2005年10月

主要用途:共同住宅

構 造:壁式プレキャストコンクリート造、鉄骨コンクリート 造一部鉄骨造

建築面積:260.61㎡

述床面積:761.46㎡

 

 

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